本文へ移動
未来に向けた学び・成長・共感の場を創造し挑戦し続ける人や
組織の開発と発展に貢献します。
フィープラーニングは、時代のニーズにマッチした
旬な教育テーマの「企画」と「コンテンツ開発」を提供します。

投稿記事

<<メタバース基礎講座 第6回 >>

2022-12-04
「メタバース基礎講座 第3回」で、メタバース普及のための課題を取り上げました。その中で、⑥デジタルクローンが発生する課題。対象となる人物の「写真や動画」「音声」「SNSの文章」などをインプットすると、人工知能技術によって、その人の容姿やしゃべり方、思考パターンなどを再現可能な、デジタルクローンを作ることが可能となっています。その人らしさは、インプット量が大きくなるほどに増加しますが、こうして出来上がったデジタルクローンは、本人と同一人物であっても、別の生き物がメタバースの世界の中に生まれることを示唆しています。このデジタルクローンをどの様に扱うのかは、非常に難しい問題となります。彼岸や命日、あるいは何かの相談に乗ってもらいたいときには、メタバースにログインして故人のクローンに会いに行く。22世紀にはそんな行為が当たり前になっているかもしれません」という事を書かせていただきました。
本日はこの「先行事例」をご紹介したいと思います。

■HMDを装着して亡くなった娘とメタバースで再会
韓国の放送局MBCは、ドキュメンタリー番組「MBCスペシャル特集-VRヒューマンドキュメンタリー"あなたに会えた"」を放送しました。その内容は、母親であるJang Ji-sung氏が、メタバースの中で、今は亡きJang氏の娘Nayeonさんに会うというものです。

Nayeonさんは2016年、わずか7歳という若さで、難病(血球貪食性リンパ組織球症)でこの世を去りました。発症後、ただの風邪だと思い病院を受診したところ、難病が発覚し入院。その後たった1カ月で帰らぬ人となってしまいました。家族は3年以上たった今でもNayeonさんの事を思い続け悲しみに暮れています。実際にJang Ji-sung氏は、娘を亡くしてから月に一度は必ず納骨堂を訪問、遺骨が入ったネックレスを肌身離さず着けています。そんな家族を少しでも救えるのではないかと、MBC放送局はVR業界韓国内最大手である「VIVEスタジオ」社と手を組み、Nayeonさんと母親をメタバースの中で再会させる計画を開始、本番組を完成させました。 

この番組の冒頭、メタバースの中で娘を探すJang氏。Jang氏は「どこにいるの」と呼びかけます。すると草陰から「お母さん!」とひとりの少女が現れます。その姿が亡き娘だと分かると、思わず涙を流し始めるJang氏。もう二度と会えないはずの娘との再会に感無量の様子でした。「お母さん、とても会いたかったよ」と話す娘のNayeonさん。声を震わしながら、「私も本当に会いたかった」と我が子に手を伸ばす母。両手に装着した触覚デバイスにより、身体が触れ合う感覚も感じ取れるようでした。

その後も誕生日を祝ったり、人形と一緒に遊んだりと楽しい時間を過ごす母と娘。その途中では「お母さんがもう泣かないように」とNayeonさんが願うシーンもあります。しばらくしてNayeonさんは、近くにあったベッドの上でお母さんに向けて書いたという手紙を読み始めます。どうやらお別れの時間のようです。眠りに落ちるNayeonさん。最後に「お母さん、大好きだよ」と言葉を残し、Nayeonさんはいなくなります。この様子には、一緒にスタジオに来ていた父や姉弟、そして番組スタッフも思わず涙。現実世界では実現しえなかった母の願いは、メタバースで叶うこととなったのです。


■制作方法とその費用
VR画像の中にそっくりのNayeonさんを再現させる作業は、家族が生前に撮影した写真や動画から、ジェスチャー/声/喋り方を分析することから始まったといいます。そして、不足部分は同じ年ごろのモデルに動いてもらい、160個のカメラで360度撮影できるモーションキャプチャー技術を用いました。さらに、声の部分はセリフをしゃべらせるために、ディープラーニングと呼ばれるAI技術を駆使しています。生前の1分余りの声データに5人の同年代の子どもの声をそれぞれ800文章ずつ録音して、それをAIでNayeonさんの声に再構築するのです。気になる製作費ですが、番組制作費1億ウォン(920万円)だったと公表されていて、そのほとんどがNayeonさんのCG制作に使われたとのことです。


■亡くなった家族に会いたい人びと
この特番を担当したプロデューサーのキム・ジョンウ氏は、企画のきっかけをこう語っています。「会社の同僚がチリ山に星を見に行った。理由を聞くと亡くなって天にいる家族に会いたいからだという。それを聞いてこのプロジェクトを思い立ったとのことです。企画を進めるなかで、記憶とは一体何だろうと悩み、ただ見世物にするだけではなく心に深く寄り添ってみようと考えた」といいます。
VR制作監督を務めたVIVEスタジオのイ・ヒョンソク氏は、初めこの企画を聞いた時、「慎重になるべきだ」と考えたといいます。その後、母親ともミーティングを繰り返し、どのような考えと哲学を持っているか十分話し合って企画の実行を決めたと語っていました。確かに、愛する者を失くした心の治癒になるかもしれませんが、その傷が深い分、しっかりした考えを持っていないと、SF映画のように仮想現実の世界にのめり込んでしまう危険性もありえます。

放送終了後には、多くの賞賛と共に、一部反対意見も上がっています。その多くが、VRの技術は素晴らしいが、それを幼い娘を失くした家族を通してTV放送するのはいかがなものかと疑問視する声でした。さらに、母親の今後の心のケアは万全の体制を取っているのかを指摘する書き込みも見られました。昨今ハリウッドで浮上している問題と同様に、亡くなった人の著作権も問題視されます。AIを駆使し亡くなった人をスクリーンに出演させることが、倫理上どうなのか、今後悪用される心配はないのか。これからさらに論議されていくことが必要なのでしょう。


■メタバースの新たな活用
メタバースは今後、あらゆる場面で活用されていくでしょう。しかし、あくまでも仮想現実であり、より精巧になっていく各種技術にのめり込んでしまい、仮想現実の世界に行ったきりで戻れなくならないように、今後は心のケアがより重要になってくるでしょう。それとともに、亡くなった人の著作権等の法律上の問題、倫理上の問題等、十分な議論と、合意形成が必要となってくるでしょう。